コラム
認知症で不動産が動かせない?成年後見制度のしくみと注意点
更新日時:2025年07月11日

親が認知症になると不動産の売却は難しい
「親の介護費用を賄うために実家を売却したい」と考えても、所有者である親が認知症を発症していると、売却は基本的に困難になります。
その理由は、不動産の売買契約が「法律行為」にあたり、有効な法律行為を行うには「意思能力」が必要だと民法で定められているからです。民法では『法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする』(民法第3条の2)と定められており、認知症などにより意思能力がないと判断される人が行った契約は、無効となります。
また、子どもが親の代理人として実家を売却しようとしても、代理人を立てるには本人の同意を確認する必要があるため、認知症だとやはり難しいといえるでしょう。このような困難な状況でも、法的な手続きを経て不動産売却を可能にするのが「成年後見制度」です。
(引用)e-GOV法令検索「民法」
成年後見制度とは?
親の認知症がすでに進行している中で不動産売却を進めるには、「成年後見制度」の利用が不可欠です。ここでは、認知症の方とその家族を支える成年後見制度の仕組みについて解説します。
認知症の人を法律的に支援する成年後見制度
認知症になると、症状の進行とともに判断能力が低下していきます。その結果、自分に不利な内容の契約とは知らずにサインしてしまったり、悪質な詐欺の被害に遭ってしまったりするリスクが高まります。
そこで、認知症の方など判断能力が不十分な人々に代わり、裁判所などに選任された「成年後見人」が財産の管理や契約といった法律行為を行うのが「成年後見制度」です。この制度により、正常な判断が難しい本人の権利と財産を守ることが期待されます。
2種類ある成年後見制度
成年後見制度には、本人の状況に応じて「任意後見制度」と「法定後見制度」の2種類が用意されています。両者の違いを見ていきましょう。
任意後見制度
任意後見制度は、本人にまだ十分な判断能力があるうちに、将来の判断能力の低下に備えた準備をするための制度です。
あらかじめ、サポートしてもらう成年後見人や依頼したい内容を本人が決め、具体的な内容を取り決めた「任意後見契約」を、公証人が作成する公正証書により結んでおきます。そして、実際に本人の判断能力が不十分になったタイミングで、後見人が代理行為を開始します。本人と交わした任意後見契約の内容は、後から取り消すことができません。
この際、家庭裁判所に申し立てを行い、後見人に不正等がないかを監視する「任意後見監督人」を選任します。任意後見監督人は、弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門家から選出されるのが基本です。
法定後見制度
法定後見制度は、すでに本人の判断能力が不十分になった後で、家庭裁判所によって成年後見人などを選任してもらう制度です。

本人や配偶者、四親等内の親族などが家庭裁判所に後見開始の申立てを行います。成年後見人は、本人の心身の状態や生活状況など、さまざまな事情を考慮して家庭裁判所が選任するため、申し立てた人の希望どおりの人選になるとは限りません。また、その決定に対して不服を申し立てることも認められていないので注意が必要です。
任意後見制度と異なり、後見監督人を選任するかどうかも、家庭裁判所の判断に委ねられます。なお、本人が不利益な契約を結んでしまった場合などに、後見人がそれを取り消すことも可能です。法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
すでに認知症が進行している親の不動産を売却するケースでは、この法定後見制度を利用することになります。
不動産売却で法定後見制度を利用するメリット
親の認知症がすでに進行している場合、法定後見制度は不動産を売却するための唯一の手段といえます。法定後見制度を利用することで、親の介護費用や施設の入所費用などを賄えるようになる点は大きなメリットです。
また、生前に不動産を売却して現金化しておくことで、将来の相続トラブルを回避できる可能性があります。さらに、相続後の固定資産税や建物の維持管理費といった負担もあらかじめ軽減できるでしょう。
法定後見制度を使って不動産売却する流れと期間の目安
実際に法定後見制度を利用して不動産を売却する場合、どのような手順で進めるのでしょうか。ここでは、具体的な流れと、手続きにかかる期間の目安を解説します。
法定後見制度を使った不動産売却の流れ8ステップ
法定後見制度を利用して、認知症の親が住んでいる実家を売却する場合、一般的に以下の流れで手続きを進めます。
・家庭裁判所に法定後見制度の利用を申し立てる
・家庭裁判所による審理が行われる
・法定後見人が選任され、後見が開始される
・不動産会社に査定を依頼する
・不動産会社と媒介契約を結び、売却活動を開始する
・買主が見つかったら、売買契約を締結する
・家庭裁判所に「居住用不動産処分許可の申立て」を行う
・決済・引き渡しを実行する
法定後見制度の開始までにかかる期間
法定後見制度の利用を家庭裁判所に申し立ててから、実際に後見が開始されるまでの期間は状況によって異なりますが、おおむね4ヶ月以内とされています。
この期間に、申立人や後見人の候補者、本人との面談や、本人の判断能力に関する医師の鑑定などが行われます。後見が開始されてから不動産の売却活動を始めるため、実際に売却が完了するまでには、少なくとも1年程度の期間を見ておくとよいでしょう。

不動産売却で法定後見制度を利用する際の注意点
法定後見制度は、認知症の親の不動産を売却するうえで不可欠な制度ですが、利用にあたっては気をつけるべき注意点があります。
法定後見制度の成年後見人は自分たちで決められない
法定後見制度では、成年後見人などを家庭裁判所が選びます。そのため、親族を後見人にしたいと思っていても、必ずしも希望どおりに選任されるとは限りません。
財産管理の専門性や中立性の観点から、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれるケースもあり、その場合は専門家への報酬支払いが継続的に発生します。この家庭裁判所の決定に、不服を申し立てることはできないため、制度の利用は慎重に検討すべきでしょう。
家庭裁判所に不動産売却を認めてもらえないことがある
法定後見人が選任されても、すぐに不動産を売却できるわけではありません。本人が住んでいる居住用不動産を売却するには、家庭裁判所の許可が必要だからです。
裁判所は、売却の必要性や、売却することが本人の利益になるかどうかを慎重に判断します。具体的には、本人の生活や介護の状況、売却条件の妥当性、売却代金の使い道などを総合的に考慮するのです。
例えば、介護費用を賄うために売却が不可欠な場合や、本人の療養環境を整えるために住み替えが必要な場合など、本人の利益につながると考えられる場合にのみ、売却が認められます。
売買契約書に停止条件を盛り込む
成年後見人が居住用不動産の売買契約を締結する際、裁判所から不動産処分の許可が下りなかった場合に備える必要があります。
そこで、売買契約書に「停止条件」を盛り込むのが一般的です。「家庭裁判所の売却許可が得られたときのみ、この契約の効力が発生する」という条件を付けておきます。これにより、もし許可が下りなかった場合には契約を無条件で解除できるようになり、違約金の発生などを防ぐことができます。
まとめ
親が認知症になり、意思能力がないと判断された場合、たとえ実の子どもであっても、親名義の不動産を売却することはできません。その唯一の解決策が「成年後見制度」の利用です。
すでに認知症が進行している場合は、家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見制度」を利用することになります。ただし、この制度では後見人を自由に選べない、不動産売却が必ずしも認められるわけではない、といったリスクもあります。
成年後見制度の利用の判断には専門知識が求められるため、売却を検討し始めたら、なるべく早めに弁護士や司法書士などの専門家に相談するのがおすすめです。